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2016年8月8日月曜日

統率力を鍛える

PDCAを捨てOODAを活用して戦いに勝ち抜く : 日経BizGate
誰でも「心を奮い立たせる」リーダーになれる : 日経BizGate


自分のことはさておき、若者たちの「統率力」を鍛えなければならない、という課題がわたくしめに課せられている。リーダーというのはなりたくてなるもんじゃないなあ、とは思うものの、コツが分かればそれっぽいことは出来るのだと聞くと試してみたくはなるだろう。

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OODAについて

以下、「PDCAを捨てOODAを活用して戦いに勝ち抜く」(田中靖浩 2016/07/22)を要約する。

「計画による管理」は、想定外の事態が起きたときに悲劇的な結果を招く。想定外の事態が起きると、1)状況は計画から外れ(計画どおりに進まず)、2)メンバーは混乱して右往左往する(自主的に動けない)。不確実性が高い場合には、「計画による管理」ではなく、機動戦の考え方(戦力=火力×機動力、として後者に重きをおくこと)に従うべきである。臨機応変は、機動戦のエッセンスである。

機動戦においては、
  1. 臨機応変に動く個人を育て(OODA)
  2. ミッション・コマンドにより指揮
する。OODAとミッション・コマンドは機動戦を構成する二大要素である。

OODA(「ウーダ」)とは「相手をよく観察して出方をうかがう」意思決定プロセスのことである。OODAは、観察(Observe)→方向付け(Orient)→決心(Decide)→実行(Act)の流れを繰り返す。

  1. Observe =観察:自らの計画に固執せず、相手をよく観察してその出方をうかがう。相手をよく観察することによって、どこに重心(center of gravity)や致命的脆弱性(critical vulnerability)があるかを見抜く
  2. Orient =方向付け:次に何をすべきか、過去の経験や知識を総動員して状況を判断する。
  3. Decide =決心:状況判断に従って、行うべき行動を決定する。
  4. Act= 実行:決定内容を実行する。

PDCAとOODAの根本的なちがいは、自分の計画から始まるか、それとも相手の観察から始まるか、である。PDCAは日本のビジネス常識となっている。PDCAサイクルは、計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→見直し(Action)の流れを繰り返す。

PDCAとOODAでは、それぞれに求められるメンバーの資質が異なる。
  • PDCAには決められた手順を守る従順さが求められる
  • OODAには、顧客に対する鋭い観察眼が要求される
言葉遣いからオーダーの取り方まで、すべて「標準的なマニュアル」で定めてしまうと機械的な対応になる。その結果、メンバーは観察眼や反射神経をどんどん失っていく。決まり切ったマニュアルに頼るのではなく、自ら「動く」個人を育てなければならない。

ミッション・コマンドは、指揮官が「作戦計画の大枠」を示し、部下の行動については「自主的な行動」を許容するというもの。指揮官は作戦の意図や戦闘の目的について明確にしつつ、それを部下がどのように達成するかの具体的方法については部下に任せる。

  • 指揮官は、何のためにどんな理由で戦うのか(Why)と、戦闘によってどんな勝利を目指すのか(What)が明確に示す。
  • 部下は、指示されたミッションのもとで、それぞれ自主的に何をなすべきか(How)を自ら考える。

ミッション・コマンドを採用する場合、上司は「何のためにこの仕事をするのか」の意図を明確にしなければならない。よく行われる「予算の数字を達成せよ」という指示はミッションではない。

以下、わたくしの感想。

  • PDCAとOODAの直接的な対比では、その違いが明瞭にならないかも。自らPlanを考えるという中にOODまで入っているし、残りのActの中にDCAが入っている、と言えなくもない。
    • PDCAの問題点はPを考える部隊とDを実行する部隊が切り離されている、という点だとしてみよう。一人の個人の中で完結すべき内容が、指揮官と部下、企画部門と営業部門、本部と部局という対立構造の中で分断されてしまっている、その結果、観察なしの計画が立てられ(というのも観察は実行者でなければ行えないから:無責任体制)、反面で自分でものを考えない実行者を生み出す。分業の弊害。
    • OODAという標語は、OODをひとくくりにすることで、一人の人間がこれを担う、ということをはっきりさせる。だから、部下が自分でものを考える=臨機応変に動くことを促す。だから臨機応変に動ける人材が育つ。
  • ミッション・コマンドで、Howの回答を与えないことでも、やはり部下が自分で考えて行動することを促す。PDCAでいえば、Pの中に書き込み過ぎない、指示しすぎない、ということだろう。また、部下が自分でHowを考えるようになるには、WhyとWhatに疑問をさしはさむことが可能になっていなければならないだろう。つまり、指揮官のOODの判断に自分の観察から意見をさしはさむこと、反論することが可能になっていなければならない。
    • ということは、OODAの本質は、指揮官と部下が対等な立場で意見を言い合えること、言い換えれば、アサーティブ・コミュニケーションが普段から出来ている、ということなのだろう。

補足:PDCAの価値の本質は、個人の行動の中で、Pの段階とDの段階を区別すること、そのことによって強力な実行力を生み出すことにある、とわたくしめは考えている。PとDが混在一体になっていると、逡巡を産み、戦力の逐次投入のような誤りを犯す。しかし、個人について正しいことが、組織について同様に正しいとは限らない。

リーダーシップの要素

以下、「誰でも「心を奮い立たせる」リーダーになれる」(火浦 俊彦氏+ベイン・アンド・カンパニー 2016/07/27)を要約する。


ピーター・ドラッカーはリーダーシップについて、極めて明快に「フォロワーがいること」と定義した。しかし、世の中のリーダーシッププログラムの多くはトップダウンで、フォロワー目線がない。

フォロワー目線にたってリーダーシップの要石を考えた。つまり、フォロワーに対して、なぜ特定の他者をリーダーとして尊敬し、追随したいと思うのか、自分にとって「心を奮い立たせる」リーダーは誰で彼らのどの側面が心を奮わせるのかを、率直に聞いた。その結果、32~3もの要件が抽出された。(冒頭の図。33要素のうち中央の「自身の平静を保つ」はインタビュー調査からは出てこない。)

この結果を解釈すると次のようになる。

  1. リーダー(我々が刺激を受け、心を奮い立たされている人物)とは、我々の日々の生活や仕事で関わりのある周囲の人々である。名の通ったビジネス界のカリスマや、ノーベル賞受賞者などに限られない。
  2. リーダーの特性は30前後の異なる要素である。逆に言えば、唯一絶対の特性はない(これらの要素を1人の人間が網羅的に追求することは不可能。これら要素には、主体性と協調性など、一見すると相反する要素も見られる)。
  3. リーダーに共通しているのは、自分が得意としている特定要素に卓越している、というその一点だけである。卓越している要素は、個々人によって大きく異なる。どれか1つでも卓越していれば、周囲の心を奮い立たせることができる。
重要なのは、これらをすべて網羅的に追求することではない。中核要素を3つか4つ見つけて育み、自分らしいリーダーシップスタイルを確立することが重要である。
これを受けて、リーダーシップ研修のあるべき姿をまとめると次のようになる。
  1. リーダーシップは「すべての人が習得・開発できる(すべき)もの」である。現代において、インスピレーションを与え、周りを奮い立たせることのできるリーダーは、経営層だけではなく組織のあらゆる階層において必要となっている。リーダーシップは、管理職かどうか、部下がいるかどうかにかかわらず、全社会人が身につけるべき能力である。
  2. リーダーシップは「経験的に学べるもの」である。33の能力要素は意識的な努力によって向上することが分かっている。従って、リーダーシップが特定の個人に生来備わっている、模倣のできない能力であるという認識は誤っている。
  3. リーダーシップのスタイルは一人ひとり異なる。現行のリーダーシッププログラムの多くは1つの正解を規定し、それを習得することを目指すが、それは誤りである。「心を奮い立たせる」方法は1つではない。
  4. リーダーシップは、個々人の強みに依拠している。一時的な取り組みや、付け焼き刃の行動ではなく、自然に恒常的に行う行動によってこそ、人は心を動かされる。この強みは、自己評価よりはむしろ他者評価によって明らかにされる。自分では、自分の何が強みであるのかに気が付かない(当たり前だと思ってしまう)ことが多い。

以下、わたくしの感想。

  • 職場において、就業力育成のありかたについて論争があった。以下の二つの立場が潜在的に想定されているようだった。
    1. リーダーシップは育成できるし、リーダーシップは典型的なリーダー(カリスマ)をロールモデルとして、それにどの程度近いか、によってその度合いを計測できる。PROGテストにおける「コンピテンシー」はまさにこの考え方に基礎をおいている。
    2. 単一のロールモデルを設定することは不可能であり、リーダーシップの在り方それ自体に多様性がある。従って、リーダーシップを育成するプログラムを開発することは困難である(できない)。
  • しかし、第3の道があることを上の論考は示している。すなわち、リーダーシップは育成可能であるが、単一のロールモデルを設定することは不可能である。この立場は、実はわたくしが漠然と考えていた立場だ。ようやくはっきりした。
  • 上の図によれば、大まかに2軸、4タイプのリーダーシップ像を考えることが出来そうだ。が、どうもわたくしにはあまりしっくりこない。因子抽出の方法が悪いのではないか。(実際にどれだけの少数の能力要素で全体を説明できるかは、困難な仕事だ。・・・システム分析の教科書で見たことがあるが、そこでは12程度のリーダー像が提示されていた。別記事で紹介する。)